バーニーのエッセイ 〜枕〜

 僕のうちは、札幌の中央区円山裏参道のはずれにある。裏参道もひところと大分様変わりしている。数年前までは閑静な住宅街を背後に控え、北海道の守り神北海道神宮の森から続く小粋な参道にファショナブルなブティックやおしゃれなレストランが軒をひしめいていたのであるが、バブルの後遺症の不景気で北海道がすっかり冷え込んだ後、テナントの空きビルが目立ち、商店街はすっかりさびしくなってしまった。僕の飼い主は中年の夫婦でそこで法律事務所を開いている。裁判所や官庁街が近くにあるわけではなく法律事務所としての立地が良いのかどうかはわからないが、主人夫婦はそんなことには余り頓着ないらしい。そして僕はそこのマスコット,事務所犬、二歳の雄のシーズーである。名前をバーニー・ウィリアムズという。主人が大の野球好きで、ニューヨークまで大リーグの試合を見に行ったほどで、ヤンキースの選手の名前から取ったというのである。しかし本当のところはニューヨークの知り合いのとなりの家に買われていた猫のバーニーが、かわいくて主人の気にいった名前であったというのが真相のようである。
 僕の日課は朝5時45分に起きて、神宮のラジオ体操に行くところから始まる。僕のうちは裏参道のはずれであるから、神宮の本社(体操会場)まで歩いてたっぷり25分はかかる。僕は最近体重が増えてきて、散歩が少し苦手になってきたが、主人は僕の胴回りをさすりながら、「メタボリック症候群が心配だ」とか行って僕のリードを引っ張って走り出すのである。僕の趣味は「はたき遊び」と「睡眠」であるから、この朝の散歩はなかなか馬力がかからない。なぜなら、朝はまだ眠り足りないのである。睡眠が趣味というくらいであるから僕は「枕」を大切にする。枕から離れがたい気持ちにかられながらそれでも、主人の掛け声には体が自然と反応するのは本能であろうか。まあとりあえず1時間ぐらいの散歩のあと、お楽しみの朝食、その後事務所でのお客さんの出迎えという仕事が待っている。僕の主人夫婦は僕を飼ってから、心が癒されるとか、気持ちが穏やかになるとか、仕事でストレスがたまっても僕の顔を見てるとじきに和んでくるとか言っている。つまり僕の仕事は人の気持ちをほぐし、リラックスさせることである。主人夫婦(ペットブームのご時勢、世の中では飼い主と犬との関係を親子関係と規定するようで、僕もパパゴン、ママゴンと呼んでいる。〕の事務所は、弁護士と司法書士の共同なので、いろんなお客さんがやってくる。玄関を入ってくる時は、一様に難しい顔をしている。悩みを抱え、昨日はあまり寝ていないのではないか?間違っても枕を高くして大鼾とはいかなかったであろうような面持ちでチャイムをならしている。そこで僕の出番となるのである。僕の方もチャイムの音には自然と体が反応し、仮に定位置にスタンバッていなくても、ピンポンと鳴ると一目散に出迎え体制となる。たまに犬嫌いの人もいるが、確率的には1%にも満たない。僕の得意の出迎えポーズをみると、ほとんどの人は顔をほころばせホッと心を和ませるのある(ちなみに僕の特技は二足立ち歩行である)。一時悩みを忘れ、特に犬好きな人は法律事務所へ相談に来たことさえ横においといて思わず僕を抱き上げるのである。但し僕は最近8kgを越えたので重くて長くは続かない。相談中も僕は応接室の大きな窓のさんに頭を乗せ、枕代わりにして昼寝を決め込むのである。この窓は天井から床までガラス張りのおきなもので、床に着いたところに、自然木の枕木がついている。これが枕に丁度いいしろものでとても重宝しているのであるが、僕の寝姿をみて人はまた心を和ませるのである。弁護士のパパゴンは僕を膝において相談に応ずることもある。司法書士のママゴンは窓のさんや、暖炉の敷石を枕にしている僕をチラチラ見てはニコニコして、相談者と話している。又僕を刺身のつまにして、話の本題に入っていこうとしている。相談者の話は別の機会に譲ることにして、僕は枕が大好きな犬である。頭はもちろん、あごをお気に入りの枕に乗せ、楽しい夢を見るのが得意である。人間も悩み多き生き物のようであるが、気に入った枕を探し当て、悩みを解決できるように僕もお手伝いをしよう。
 あっ、今日も沖田のおばさんがチャイムをならしている。いつもの悩みの問題かな。早く裁判が決着するといいのになあ。

このページの上へ

コラム目次へ