保佐と補助 成年後見人等の代弁機能

1 はじめに

 世の中のしくみ、制度は、時代とともに、刻々と変わっていく。規制緩和、行財政改革、構造改革等々大きなうねりの中でわれわれは、大海に漕ぎ出した小船のように大波小波に揺さぶられながら暮らしている。福祉制度、医療制度はとりわけ社会的弱者といわれる人を対象とするもので、その対応が国の舵取りの指針として注目されるところである。
 昨今、医療制度改革の名の下に、高齢者・障害者を対象とする租税優遇措置や、支援費・医療費助成などの制度が減少・廃止の方向で進んでいる。又療養型病床病院や精神科病棟のベット数削減、病棟廃止措置がとられ、突然の変更に行き場を失った人々が福祉や医療の現場からはじき出されかねない状況である。
 成年被後見人等がこのような状況に巻き込まれた場合、本人の権利を擁護する者として何ができるのか悩ましい問題である。弱者の声なき声を本人の代わりに表現し、代弁することも成年後見人等の大事な使命ではなかろうか。


2 認知症の父と統合失調症の息子

 私は一度の機会に複数の人を対象にした成年後見人等に任命されることがたびたびある。親子とか、夫婦とかで、その中でも相互に利害の反しない関係にある2名の成年被後見人等を同時に支援する場合である。今回報告する事例も当初、社会福祉協議会から、高齢で認知症の父親に関する保佐人就任を依頼され、その際統合失調症の息子さんの補助人も同時に引き受けてほしいとのことであった。


3 経済被害と事前予防

(1)成年後見制度が経済被害を予防する

 Aさん(70歳代)は元公務員であり、年金額も多く蓄財もそれなりにあり、経済的にはゆとりがある。配偶者はかなり以前に亡くなっており、長い間、一人で何でもこなしてきた。几帳面であり、家事から、お金のことからきちんと整理してきたことが、自宅や記録の様子から読み取れる。しかし、寄る年波には勝てず、加齢とともに、今まで一人でできたことが次第に不十分となってくる。最初は家事に関しヘルパーさんを頼み、次には日常の少額の金銭管理に生活支援サービスを利用するようになる。この段階で、適正な福祉サービスの端緒にたどりついていれば、経済被害にあわずに成年後見制度利用までたどりつけるのである。
 物事に几帳面で、しっかりしていた人ほど、自分の判断能力の衰えに気づくのが遅くなりがちである。周りにしっかりした家族がいれば別であるが、最近の高齢者は一人暮らしも多く、また夫婦二人でも、ともに高齢者であれば判断ミスを犯しやすい状況は同じである。そういう不確かな状況で、詐欺商法や悪質商法に引っかかり経済被害にあわれるお年寄りが後を絶たない。Aさんも蓄財に目をつけられ危うく金銭トラブルに巻き込まれるところを、生活支援員の人が、成年後見制度利用に結び付け難を逃れたといういきさつがあった。したがって、私は、保佐人に選任される以前から、近い将来選任されるという状況下で、進行していた経済被害事案に介入した。
 その事案とは、以下のようなものである。倉庫が壊れたという隣地間の損害賠償がらみの金銭トラブルが起きた。判断能力が衰えていたこともあって相手の剣幕に無抵抗のAさんに対し、相手が根拠のない請求を強要したものである。大声を出したほうが勝ちというような状況をいさめ、こちらが専門家として法律的に適正処理を求めると相手は引っ込んでしまったのである。事案は隣近所の人たちによる弱いものいじめ状態であったが、保佐人がつくという伝家の宝刀が出るや、たちまちトラブルの種は胡散霧消してしまった。成年後見制度がその金銭の支払いを最小限度にとどめたといえるものであった。これも大まかにいって成年後見人等の代弁機能の場面といえるのではなかろうか。
 社会の中で役立つ制度というのは、ことが起こる前に予防できる事前予防のシステムであり、これは事後救済よりはるかに有用である。しかし、そういった制度も、よく知られて、利用する人がいなければ効果がないのであり、よりよい事前予防システムの構築とその普及が望まれるところである。


(2)医療同意の場面でどうするか

 Aさんに関する保佐業務はその後、経済的には順調であり年金、預貯金管理と毎月の介護、施設利用料の支払いなど定型的な業務に落ち着いている。現在の懸念は、Aさんが医療行為を受ける機会が増えてきているため、今後の状態によっては医療行為の同意の問題が出てくる深刻な病状変化も予想されることである。就任当初はAさんの能力も高く会話もできたが、入退院を繰り返すうちに次第に認知症も進行してきており、保佐類型といっても、自分の健康状態の管理を自分でできない状況になってきている。
 医療契約の締結とは異なり、医療行為の同意の問題については、種々の見解も出ているが現行法上は成年後見制度の限界が現れる側面であり、実際の実務面でも混乱が出ている。私自身、成年後見人として、実際に医療機関から同意を求められることが多いし、家族も身寄りもなく近況・経緯を知る者が他にないという状況で、成年後見人が本人の役に立たないという事態だけは避けたいという思いが強い。成年後見人の代弁機能を強く意識すればするほど、医療の同意の場面でも成年後見人が役立つことができるはずだと思われる。


4 転院問題と補助人の代弁機能

 Aさんの息子Bさんと最初に会ったのは、Aさんの特別養護老人ホームの面談室であった。Aさんに成年後見制度の説明や、保佐人として私がこれからお世話することになるのでいろいろ質問したりお話したりしている間、身内としての意見、感想、口添えなどをしてくれた。物静かでとつとつとして話をする印象がある。吃音が少しあるが、ゆっくり話せば十分理解できる。
 40歳代の彼は20年以上C病院の精神科に入院しており統合失調症と診断されている。最近は病状も安定しており、外出してお父さんを見舞ったり、自分の買物をしたりする等、社会性の回復傾向にある。もともと幼児期からではなく成人してからの発病なので社会性もある程度備わっていたこともあり、病気の症状が治まれば社会復帰も可能とのことであった。
 父親であるAさんの状態と、成年後見制度の必要性を理解し、Aさんの理解を助けようと懸命になっていた。そして、自分についても補助人をつけてほしいとしっかりとした口調で話した。私の説明を一生懸命聞いて、将来のことを考えて今の段階で成年後見制度の利用が必要だと理解したようであった。
 そのようなわけで、私はBさんの補助人にもなったのであるが、その時点では彼は入院状態であり、生活も経済も安定しており、将来Aさんに万が一のことがあればいろいろ変化が起こり、問題も生ずるかもしれないが、就任当初は平穏無事な予想であった。


(1)Bさんへの退院勧告

 しかし、補助人に就任してからまもなく、Bさんが入院するC病院で精神科の開放病棟が閉鎖され、Bさんにも退院勧告が出されるという事態が発生した。寝耳に水の出来事であり、転院先、受入れ先、本人の病状説明もないまま病棟閉鎖という情報のみが一人歩きして、入院患者の不安は募った。Bさんも私に電話をしてきて、不安と混乱した気持ちを訴えた。
 自立支援の手立てが何も準備されていない状態で病院から出されるのか、そもそも数十年も入院していた者が今すぐ退院して自宅生活ができるようになるものか、病院はどのようなケアを準備しているのか、疑問は山積みであった。本人の電話では自分も「退院か転院を」と言われているのでどうしたらいいかというものであった。私は、本人の状態を考慮せず、「政策的に病棟閉鎖だから入院者は退院だ」と言い始める病院の態
度に驚いたが、とりあえず冷静に話を聞くべく会談を申し入れた。
 主治医からは、本人が退院できる状態であるとの話は一言もなかった。ただ、昨今の経済不安、病院経営も厳しい状態にあり、また医療改革に伴うベッド数減少の政策断行に伴い厚生労働省の通達などによる締め付け、指導がかなり厳しいというものであった。病棟閉鎖は確定のものであり、そこにいた者は退院か、転院しかなく、Bさんについても転院先を考えてほしいということであった。
 補助人としては、「障害者に対する社会の自立支援体制も整備されないまま、経済政策(病棟閉鎖、ベッド数減少)のみが先行し、弱い者が病院から弾き出されることには納得できないし、本人の状態、本人の家族等の受入体制の考慮もなく一律の措置は医療機関として適切か。転院先の病院の紹介、調査等のアドバイスはないのか」などを申し入れた。


(2)退院から転院へ

 私からみると、Bさんの現在の病状は良好状態にあると考えられる。会話の受け答えもしっかりしているし、困難の状況に直面してもパニックに陥らず、何とか対応していることなどはプラス材料である。しかし家族は父親であるAさんだけで、そのAさんは現在認知症で施設療養中なので、引き取ってくれる家族はいないのである。また本人の症状も、数十年以上入院状態で、病院にいるから安定しているのであり、いきなり独居生活が可能とは思えなかった。
 ということは、退院ではなく転院が残された途である。体制批判だけでは前進できない。転院を考えて受入れ先の病院の探索が急務となった。
 病院施設の内容、対応についての評判、本人がAさんを見舞う関係での交通機関利用のための位置関係など、確認しなければならないことがたくさん出てきた。
 C病院に対して受入れ先の検討をお願いするとともに、私は、社会福祉協議会の支援員に相談し、病院を探すことになった。もともと、Aさんに関しては社会福祉協議会の地域福祉生活支援センターと、福祉サービス利用援助契約を結んでおり、その関係で、自立生活支援専門員は息子のBさんのことも何かと気にかけてくれていた。私はその専門員に相談し、Bさんにとって最適な病院を探すことになった。
 精神科の開放病棟が充実している病院はそう多くない。内容がよくて、ベッドが空いているところがあるのだろうか、と思案にくれていた。


(3)閉鎖病棟で継続治療

 しかし、この問題はほどなく、ことなきを得たのであった。1ヵ月が過ぎた頃であろうか。Bさんから電話があった。その声は明るく弾んでいた。「この前からの病棟閉鎖のことですが、病棟は移るのですが、このまま病院に残れることになりました。」どもりながら、とつとつとゆっくりではあるが、うれしさが伝わってくるよう話しぶりであった。
 私は一瞬、狐につままれたような感覚に陥った。前の話では、病棟閉鎖と転院は確定のような話だったのに、どうしたことか。同じ病院であれば、環境の変化も少ないので、本人にとってよいことであり、何より本人が喜んでいるのだから、ひとまず吉報である。ただ本人の話だけでは要領を得ないので、病院に問い合わせると、「病院として存続させる閉鎖病棟に、Bさんを移して、継続治療する方針に変更になった」というものであった。さらに、「Bさんの現状は開放病棟適応状態で、閉鎖病棟対応の重度ではないので、できる限り本人の自由に配慮する対応をする」というものであった。
 結論として、現状では最上であり文句のないところであったが、このことが可能だったのであれば、当初から話の中にこの選択肢も含めての説明が欲しかったし、そうすれば本人の不安もこれほど高まらなかったのではないかという疑問も残った。
 また、閉鎖病棟という環境についても若干不安が残った。本人の生活に現状とは異なる息苦しさが増幅されるのではないだろうかという点である。しかし、とりあえず、入院生活の安定は保たれた。様子をみるほかないと思われた。


(4)成年後見人等の代弁機能

 後日聞いた話では、今回の病院の方針変更は、私が申し入れた話合いが大きく影響しているということであった。入院患者に補助人が付いていて、いろいろ言ってくるので、疎かにはできないという認識が病院側に生じたことは確かだというのである。もし、そうであれば補助人に就任したかいがあったというものである。権利の主張や、契約の相手方との話合いや交渉がうまくできない本人のために、成年後見人等が本人の生の声を聞いて、本人に代わり表現する代弁機能は、対医療機関、公共機関等に対しても大きな効果がある。
 もう10年ほど前になるが、成年後見制度の創設に向けて取り組んでいた頃、カナダのオンタリオ州の組織のことを知り、本人の意見を相手方に代弁する機能こそ、その権利を実質的に徹底して保護できる本人保護のために極めて優れた機能で、成年後見制度がこの機能を強く意識することが重要だと感じたことを思い出した。財産管理も身上監護も本人意思の代弁が前提にあって活きてくるのである。


5 退院問題と代弁機能

(1)Bさんに再び退院問題

 しかし、この話には先があるのである。
 Bさんの入院生活はその後しばらく順調であった。その間、Aさんが、体調を崩して入退院を繰り返した。重篤な状態には至らなかったが、低血圧発作により、意識レベルが低下し、危険を感じた施設では安全を期して早々に入院させたものであった。主治医の話では「高齢であるがゆえのリスクはあるが、それほど心配はない」というものであり、安心した。その間Bさんは足しげくAさんの見舞いにでかけていた。Bさんからは、「Aさんの主治医が容態について、保佐人に話しているということで、自分には直接教えてくれいない」という話を聞かされた。Bさんとしては息子としてできることを一生懸命頑張っており、病院の対応に不満をもつなど、彼の社会性はますます向上していると思われた。そうこうしているうちに、Bさん自身の退院問題が再び浮上してきたのであった。
 この話の出現も唐突であった。これより3ヵ月ほど前、私が、C病院のBさんを訪れ、担当の副師長と面談したところでは、「閉鎖病棟の生活は始まったが、環境も異なるので、慣れるのに少し時間がかかると思われる。リハビリ計画もこれからである」という話であった。本人の様子も、今の生活に何とか順応しようとしている過程であった。私としては一騒動の後で、小休止ができて少し安堵していた。しかし、それからほどなく今度は退院話である。しかも数ヵ月程度の準備期間しかないというのである。これでは病院側の姿勢に一貫性が欠けるように思われた。そこで再び病院との話合いの場をもった。


(2)病院との話合い

 このときのカンファレンス参加者は主治医、病棟看護師長、担当看護師、PSW(精神障害担当のソーシャルワーカー)、そして本人と私の6人で、1時間ぐらい話した。
 まず、現時点での退院はあまりに時間的に唐突な感じが否めないという点である、先の転院話のときと同様であるが、Bさんは数十年の長期入院状態であり、しかも家族の支援体制がない状況でこれから数ヵ月の準備期間で退院可能なのか。これまで、転院騒動などここ1年間の動きの中で病院から退院可能との判断は一度も聞いていないのであり、つい3ヵ月前の話でもリハビリ計画もまだ未定とのことであったはずである。もちろん経緯はどうであれ、現時点で本人の状態、本人の意思が退院可能状態であるなら、それを前提に今後の前進的話合いもこちらとしては応じられる。
 次に、法体制について障害者自立支援法の施行前で、まだ実務が動き出してはおらず事業サービス利用が難しい段階といえるのではないかという点、さらに、退院までのリハビリ治療計画の具体的プログラムの提示をお願いした。また在宅となった場合に予想される、デイケアサービス、ホームヘルプサービスなど、地区支援センターの権利擁護事業との兼ね合い、連携のコーディネートについても質問した。さらに肝心の本人の希望はどこにあるかという点の確認も大事であった。


(3)Bさんも退院に意欲を見せる

 確かに補助人となってから1年前後、Bさんを見てきて、素人目にみても、状態はよいと思われた。Bさんは自己管理能力や社会性もあり、状況が許せば病院ではなく、より社会性のあるグループホーム等の施設対応が可能な状態ではないかなどと考えたこともあった。事実、今回の本人の答えも、非常に前向きなものであった。「確かに不安はいっぱいあるが、ここのところ、病院内のデイケアを受けていろいろなことに意欲がわいてきて、退院についてもチャレンジしてみたい」というものであった。この急速な変化には、正直にいって私も驚いた。しかし、よく考えてみれば、Bさんは向上心が出てきて、物事に意欲的になり、社会性を吸収しようと一生懸命なのであり、喜ばしいことである。この芽は伸ばしていかなければいけないのではないかと思われた。
 Bさんのこの変化はこの1年間の環境変化が背景にあると思われた。それまで、彼は長い間入院生活を送っていたわけであるが、いつの頃からか、初めの頃の治療が必要な段階を過ぎ、症状的には安定期に入っていたのかもしれない。一方で、頼みの綱の父親が、次第に加齢による能力減退をおこし、認知症となり自分の引受人となる状態ではなかった。父も子もそれぞれ中途半端な状態で自立できる状態ではなくなった。そして彼は単調な病院生活を余儀なくされた。
 しかし、1年ほど前から環境の変化が現れた。父親に保佐人がついて、財産管理面の不安が解消された。自分の生活も施設になじみ安定し始めた。自分のほうが施設に収容された父親の面会に行くようになり、父は息子が来るのを楽しみにしているような状態となった。自分にも補助人がついて、財産管理面の不安がなくなるとともに、病院の病棟閉鎖問題などが起こり、自分の周りに困難な問題も生じたが、補助人などの助けを借りてそれなりに対応できた。
 それらが自信となり、彼はさらに病院の外、社会への意欲が湧いてきたのかもしれない。
 主治医の話もこれを裏づけるものであった。「Bさんはここ2年くらい落着いた安定した状態になりつつあったが、介護できる家族がいないということで退院プログラムは具体化していなかった。しかし、昨年補助人がついて、バックアップ体制ができ、お父さんも施設入所でき形が整いつつある。また、病院側の事情としては開放病棟が閉鎖になり、Bさんにも閉鎖病棟に移ってもらったが、閉鎖病棟は本人にとり、何かと不自由なところもあり、居心地としてもベストではないだろうから、急遽退院プログラムを組むことになった。」というのである。


(4)退院準備のプログラム

 私としては、経緯に関してはいろいろあったが、本人の意思、希望、状態が整うのであれば、ここで退院を前提とした協議に入ってもよいのではないかと考えた。そこで、退院準備のプログラム、障害者支援事業の取込み方、を具体的に詰めていくことになった。具体的な時期としては、これからの準備、Bさんがリハビリプログラムをどのようにこなしていくかその様子をみながらということであるが、数ヵ月ではいかにも短いし、当時
は障害者自立支援法も施行前だったことから、とりあえず障害者自立支援法が施行される頃をめどとすることで病院と話しあった。試験外出、試験外泊、同行による外出、単独外泊、夜間対応、誰がどのようなヘルプを担当するか、在宅となった場合のホームヘルプサービス、デイケアサービス、訪問看護、通院等のコーデイネート等、本人も交えて、本人がわかるように、病院と話し合った。話は急展開で、補助人就任時には思いも
よらぬ進展であるが、補助制度を利用したことが、Bさんの社会性回復に大きな貢献をしたことは確かである。年齢からしても、社会復帰に挑戦できる数少ないチャンスの一つかもしれない。そして、これは彼の人生の転換期となるのかもしれない重大な岐路となるのである。


(5)補助制度の代弁機能

 私はここでも補助制度、その代弁機能の重要性を知らされた。補助人の権限は限定的であり、被補助人の現有能力を活かして助力を行うものである。しかし、本人は能力があるから、社会と接触をもつのであり、社会とのかかわりがあればあるほど、本人は対社会行為に関し補助人の適切な助力を必要とし、補助人の代弁が功を奏する機会も増えるのである。彼がここまで主体的に行動する意欲をもち得たのは、もちろん彼の資質、努力もさることながら、補助制度の貢献も加味されるのではなかろうか。
 現在、Bさんは非常に頑張っている。1週間くらいの単独外泊に挑戦中である。 たまにくる電話も非常に弾んだ声である。 (「実践成年後見 No.19/2006年10月」 より転載) 

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